2006年05月23日
街弁の中沼商店完成!
中沼商店が竣工しました。南雄三さんと杉坂建築事務所のコラボレート作品第一号です。商店街活性化の拠点となる施設です。南流アイデアのたくさん詰まった宝石箱のような建築です。ここの手作り弁当は本当においしいですよ。皆さん、見学がてらお弁当を買いに行ってください(笑)オープンは6月5日予定です。
投稿者 ochiai2059 : 09:57 | コメント (0)
2006年03月14日
システムキッチンの悪行
現代の超機能的なシステムキッチンの形態は「食べ物を作る」という行為をコンパクトなものに制限してしまっています。このことは食材の種類や品質、食料の生産や供給体制にまで影響しています。
たとえばスーパーやコンビニでは、きれいにラッピングされ半分下ごしらえされたような食材ばかり。それ以上の行為を許さないほどに機能的でコンパクトな台所と、その台所にマッチしたコンパクトな食材の供給体制が現在の食行動を薄っぺらなものにと制限しているのです。
台所の形態が悪しきコンビニ文化を支えているのか。あるいはコンビニ・スーパー型の悪しき食材流通体制を前提としてシステムキッチンが設計されているのか。いずれにしても近代以降の台所の変貌が日本の食文化を壊し、季節感を壊しひいては和風を壊してゆくさまざまな要因を発生させているのは確かです。
季節を食す。自然をそのまま食す。新鮮なうちに食す。丸ごと食す。味わいを増すように保存する。ゴミを出さないような工夫された料理法の数々。こういったスローフードの流れはまさに和食の文化に沿ったものです。テレビCMに見られるようなにキッチンメーカーの生み出す台所は、相変わらずこういった食行動のトレンドとは正反対の方向へ進もうとしているように見えます。
投稿者 ochiai2059 : 08:35 | コメント (0)
2006年03月03日
脱家族住居
家族とは一体なんでしょう。社会学的な細かい分析はともかくとして、一般的には血縁者の集団が家族を作ります。もっと分かりやすくいえば父母とその子供、それに祖父母を加えた3世代の組み合わせで一般的家族は構成されます。家を作るとき、我々はこのような家族形態を無意識に想定しています。
ところが実際にはそのような家族の割合は半分にも満たないらしい。単身者、子供のいない夫婦あるいは子供が巣立った後の老夫婦の世帯が半分以上を占める。それらはみな一世代で終わる家族です。
近代において大家族制が崩壊し核家族化が進みました。子供の独立とともに核家族はさらに細分化され最終的には老人が孤立してしまう状況にあります。シングルで住む世帯も多いし、結婚しても子供を持たない夫婦の場合、両者ともに仕事を持て入ればいわゆる家族ライフとは全く違った生活形態になるのが普通なのです。
我々が一般的だと思っている家族の姿は、一部の人たちが一時期に成立させているだけの幻の家族形態なのかもしれません。
投稿者 ochiai2059 : 08:19 | コメント (0)
2006年02月21日
どこからが木造建築か
住むならば木造の家にという人は年配者に限らず多くいます。しかし彼らの言う木造の家とはそもそもどんな建築を指しているのでしょうか。
一般に木造建築とは骨組みが木造である建築をいいます。骨組みが木であれば室内側に全く木の部分が現れていなくても木造建築というのです。反対に内装や外装にどんなに木が使われていても、構造が木でなければ木造建築とは言いません。そして現代の家は木造住宅といっても骨組みは隠れていて見えないような家がほとんどなのです。
しかし、人々が木の家がいいと云う場合、それはおそらく内装に木が現れている家を求めているはず。それなのにみえない構造だけ木にして内装には木はほとんど現れていない木造住宅の現状。
現代の日本の木造住宅は全く不思議な木造です。
骨組みは木造だが内装には木が現れていない家と構造は木でないが内装に木が使われている家。あなたはどちらが木の家と呼ぶにふさわしいと思いますか?
投稿者 ochiai2059 : 16:28 | コメント (0)
2006年02月06日
鼻空間
伝統的な和の空間は人の持っているさまざまな感覚に対して相性がよい。そのことは視覚や味覚、触覚について考えてみれば明らかです。
ところが人の持つ基本5感覚の中で建築と案外大きな関係で結ばれているのが臭覚なのです。匂いをつかさどる感覚は人の持つもっとも高度な感覚だといわれます。人はどうしても視覚に大きく頼って生活しているから臭覚についてはあまりその重要性を認識していません。建築の計画においても匂いが取り上げられることはほとんどありません。せいぜい臭気を防ぐ換気の問題か、最近ではシックハウス症候群の原因と見られる建材からの揮発性有機化合物の刺激臭の除去といった程度。いずれにしても邪魔なものとして取り除くという視点から扱われています。
しかし考えようによっては、匂いは空っぽの空間を満たす実体そのものにみえなくもない。だからにおいも建築の一部に積極的に加えるべきだと思うのです。
木や若葉の香り、土の匂い、雨の日のにおい。何と言っても日本の四季の風情には「におい」がつきもの。だから「におい」を演出する和風住居の設計というのは面白いテーマだと思います。
投稿者 ochiai2059 : 10:00 | コメント (0)
2006年01月17日
夫婦寝室の様式
社会学では夫婦寝室は面白い研究材料らしい。寝室を別にすることにかかわる社会背景を論ずるだけで本が1冊書けるそうです。ところが我々が日ごろ設計の打ち合わせの中で、寝室について本質的な議論が行われることはまずありません。夫婦は何か問題がない限りは一緒に寝る以外選択の余地がないと思われているのです。同室でいいけど離れて寝たい。くっついて一緒に寝たい。本当は別室でゆっくり寝たいけど、、、。本音はなかなか聞き出せません。
夫婦関係は決して安定普遍なものでなく、長い間にはリズムも変われば変化もする。しかし固定的な寝室の形態は、夫婦関係のバイオリズムの動向にかかわらず彼らの関係を決定的に縛り付けてしまう力があります。これがやばい。
夫婦寝室こそ離れたり繋がったり自由に出来る可変空間がいいのではと思います。仕切ったりオープンにしたりTPOで使い分ける。これは日本の軽いふすまや障子の文化を拝借すればうまい按排に解決できる。そうすれば、かつての日本の家屋に不可欠だった思いやりと遠慮の作法が夫婦の間にも取り戻せるかも。
投稿者 ochiai2059 : 14:57 | コメント (0)
2005年12月27日
建築不信の世情
今年も残りあとわずかです。ところが、めでたい正月を尻目に我々建築の業界は不信感が蔓延しています。こまったものです。
我々の事務所にだってクレームがないわけではありません。工場生産部品を現場で組み立てるだけのハウスメーカーの家ならいざ知らず、自然の生きている素材を現場で職人が手作りするというようなやり方をしていれば、ちょっとしたことがクレームの種を生み出します。何故そんなリスクを抱えてまでこのようなつくり方をするのか?それは、そのようにつくらないと実現しないものをつくっているからです。
クレームを恐れて品質を限りなく一定にすることを追及すれば工場生産の工業化住宅になります。建物が自然環境に共生しながら上手に呼吸し、その中に住む人にやさしく健康な空間を提供する。このデリケートな質を担保するためにあえてリスクを取るのです。
つくるのも人、住むのも人。だとすれば最後は信頼と誠意。これは絶対に放棄してはならない最後の砦になるのだと思います。
投稿者 ochiai2059 : 15:10 | コメント (0)
2005年12月13日
手加工 vs 工場プレカット
大都市部での木造住宅のプレカット率は8割を超えていると言われます。工場プレカットと言うと木の素性を知らない作業員がパソコンに寸法を打ち込むだけで加工機械が連動して正確にスピーディーに部材を仕上げてしまう。家1棟分の加工を1日でやってしまう。そんなイメージがあります。
集成材は材質が均一な工業材料だからまだいいけれど、自然の木の加工はそこに人の判断を入れたいと思うのが伝統工法派の素直な感情なのです。ではどこまでの機械加工なら感情的に許せるのかと言うとそれがなかなか難しい。木材にホゾ穴を開けるのにノミを使うほうが電動工具を使うよりよいと言える確たる理由も見つからない。
等身大の道具が電動工具に取って代わり、それがさらにプレカットの工場プラントに発展する。やはり問題は誰がどのようにそれを使うかなのでしょう。道具の延長としてプレカット工場を使いこなす一流大工職人がいれば、それはそれで木造技術の進化と言えるのではないでしょうか。
投稿者 ochiai2059 : 08:53 | コメント (0)
2005年12月01日
ロハス?ローハス?新しい流行語の予感!
今年の春先、某雑誌の取材を受けました。建築をローハスにするには?との質問に 「は? ローハスって何ですか?」 あれから1年も経たぬうちに、ちまたにはロハスという言葉が飛び交っています。
Lifestyle of health and sustainability(健康で持続的なライフスタイル)これの頭文字をとってLohas(ロハス)なのだそうです。健康はともかくとして持続性を求める姿勢はなかなか難しい。でもこれは、まさに杉坂が長年実践して来た家づくりの方向性に一致しているのです。Lohasがブレイクすれば杉坂の家もひょっとして?!と期待してしまいます。
投稿者 ochiai2059 : 17:50 | コメント (0)
2005年11月22日
新月伐採木の神秘
今年も最後の新月期が近づいています。皆さんご存知ですか?新月期に切った木は特別な力を秘めているのです。新月材は、木材を使う側からすれば「狂わない」「カビが生えない」といった物性的なメリットが強調されています。しかし、それだけでなく宇宙のリズムに同調して生きていた木が、最高の状態のタイミングで伐採されて素材として次の命を得る。そのストーリーの美しさを評価したいと思うのです。木という素材に対する畏敬の念が深まりませんか?

上記ノイモントホルツ普及連合会及び新月の木国際協会のパンフレットより一文を抜粋してご紹介しましょう。
木は月を見て踊っている。
太陽や月や星の動きにはそれぞれのリズムがあり、そのリズムが季節や天候、気象の変化、潮の満ち干、あるいは目に見えない作用を生み出し、生き物に生気を与え、時には天変地異を起こして災厄をもたらしたりします。生き物は太陽や月のリズムで体が調整されていることを、昔の人はよく知っていて、木を切る時期を選んでいたのです。
日本にも「夜空に月のない時期に伐る木や竹は長持ちする」という言い伝えがありました。調べてみるとこのような言い伝えは古くから世界各国であるのです。
いかがですか?どなたか新月材で家をつくってみませんか?
投稿者 ochiai2059 : 08:42 | コメント (0)
2005年11月02日
豪邸はいかが?
杉坂の家は豪邸が多い?と思われているらしい。実際はそんなことはないのだけれど。
ところで豪邸ってなんだろう。正しい豪邸とは?大きさと威圧感はたぶん不可欠な要素。でもそれだけじゃダメ。趣味のいい建物じゃないと許せない。近所迷惑になります。あまりポストモダンな建物もチョット。レイトモダンな雰囲気でフォーマルな豪邸って今はあまり見ることが出来なくなりました。
では杉坂得意な豪邸コレクションを少しだけ。
1998年三鷹 A邸
1988年川崎 Y邸
2003年世田谷 H邸
投稿者 ochiai2059 : 17:30 | コメント (0)
2005年10月11日
住居は人と自然とのインターフェイス
人にとって本当の意味で健康かつ健全な家とはどんな家か。それは人を自然という究極の調和状態に戻してくれる家のことです。万物の霊長である人間の体や精神構造の健全性が自然に立脚しないで一体何に立脚するというのでしょう。自然と調和することは人間にとってもっとも大切なことなのです。人は本来自然と共存し一体となって行動し考えそして生活するものです。自然-住居-人間のつながりは決して切り離す事ができない。このつながりをしっかりと設計に反映させねばならないのです。
投稿者 ochiai2059 : 09:46 | コメント (0)
2005年10月05日
情報過多
最近感じること。。。それは情報の消化不良を起こしているクライアントが多いことです。住いや生活に関する情報があまりにも氾濫しているからでしょう。最近の情報は困ったことに発信したもの勝ちの情報が多い。だから情報の受け手は多くの情報を食い散らかし、正誤の判断も出来ないまま消化不良を起こしてしまうのです。我々の日々の設計作業において、クライアントとの話題は多岐にわたります。エコロジー、パッシブ、環境共生、省エネ、健康、家族制度、教育問題、老人介護、資産価値、都市環境、品質管理、バリアフリー、ローコスト化などなど、、。これに建物自体の要求機能、法規、コスト、構造、性能が重なってくるのだから、これはもう落とし所のない議論になります。あるひとつのテーマの正解は別のテーマの不正解になるケースも多い。このあたりの微妙なバランスをとって可能性を探り、正解を見つける作業を設計というのです。うまく問題を設定し、その解が見つかったときは爽快です。
投稿者 ochiai2059 : 08:54 | コメント (0)