<?xml version="1.0" encoding="utf-8"?>
<rss version="2.0">
<channel>
<title>住宅建築ラボ</title>
<link>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/</link>
<description></description>
<language>ja</language>
<copyright>Copyright 2006</copyright>
<lastBuildDate>Wed, 15 Mar 2006 02:50:22 +0900</lastBuildDate>
<generator>http://www.movabletype.org/?v=3.171-ja</generator>
<docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs> 

<item>
<title>【第4回】 棟梁・焼け跡</title>
<description><![CDATA[<p><img src="/toshi/images/genten.gif" /></p>

<h2>「棟梁」</h2>

<p><strong>落合</strong>　それにしても、木造建築の設計図を書く建築家って、当時は少なかったですよね。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　一部には木造に取り組もうとしている人はいたけどね。木造住宅に関しては慣習通り大工の棟梁が取り仕切ることがほとんどだっただろうね。</p>

<p><strong>落合</strong>　慣習にとらわれたシステムの中で、建築家ならではの意匠や工夫を込めていくのは容易じゃない気がします。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　そうだね、例えば「大壁」はレイモンドが最初にやり始めたんじゃないかな。ベニヤ板を使ってね、大壁を作るんだ。レイモンドの作品には、ラワンベニヤを使った建築が多いよね。手法としては、柱の芯でベニヤを継いでいくんだ。当時は糊なんて使わないから、一寸間隔で真鍮釘を打ち付けていく。釘を打った点の並びが狂っていると、レイモンドはすごく怒るんだ。洋服でいうと、ステッチってあるでしょ。ああいう感覚なんだね。</p>

<p><strong>落合</strong>　なるほど、レイモンドさんのそういうやり方を見ていて、所長自身、施工まできちんと面倒を見る現在の杉坂建築事務所に通じる方法論を作り上げていったんですね。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　うーん、最初はそんなに力の入った考え方はしていなかったんだけどね。知人に頼まれて設計すると、自然と工事まで面倒見てくれよという話になっていく。棟梁に任せてしまうと、図面を読まずに自分で作ってしまうからね。</p>

<p><strong>落合</strong>　そうすると、ディテールが違ったものになってしまいますよね。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　そうなんだ。いくら図面を書いても、図面通りにやってくれない。棟梁に負けるのは悔しいからね。当時、我が家が戦災で焼けてしまったから、550坪あった土地に最小限住宅や事務所を再建したんだ。その時、信頼の置ける棟梁に家に住み込んでもらって、加工場も焼け跡に造らせた。毎晩のように夜なべしながらいろんな話を棟梁から聞き出して、加工する現場もじっくり見て、こちらの知識にしまい込んだんだね。</p>

<p><strong>落合</strong>　職人のこだわりや誇りを理解しようと。</p>

<p><strong>杉坂　</strong>うん。伝統的な棟梁の技術や知識には、生半可な意匠では太刀打ちできない力強い部分もある。逆に、伝統を理解した上で組み上げた意匠なら、棟梁に対しても強く言えるでしょ。新しい意匠と、伝統的な知恵や技術がコラボレーションできれば、それにこしたことはないからね。</p>

<hr class="hr1">

<h2>「焼け跡」</h2>

<p><strong>落合</strong>　今の話で気付いたんですが、杉坂建築事務所の歴史は、つまり戦後の焼け跡から始まっているんですね。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　ははは、そうだね。だって、最初に焼け跡に帰ってきたときなんて、屋敷はまったく焼け野原になっていて、門になってたからね。屋根の付いた門だったから、その屋根の下に近所から畳を分けてもらってきて、石畳の上に敷いてね。周りを囲ってそこに住んでた。今だから言えるけど、電気だって勝手に電柱登って引っ張ってきたりしてさ。</p>

<p><strong>落合</strong>　あはは、それは盗電だ。まずいですね。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　そうそう、そんな家から東大に通っていたんだ。学校で、青森の神童っていうヤツと友達になってさ。そいつが「お前の家は広いから一緒に住ませてくれ」っていうんだ。</p>

<p><strong>落合</strong>　たしかに550坪は広いですよ。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　ただ、広くても焼け野原だからさ。しばらく、門の下で一緒に住んでいたね。そいつは真面目なヤツで、ちゃんと学校行ってノートを取ってくるんだ。僕はアルバイトや遊びに忙しかったけど、試験前になると下宿代替わりにノートを借りて一夜漬け。ヤツより成績がよかったりしたんだよ。彼も、最近亡くなっちゃったけどね。</p>]]></description>
<link>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2006/03/4.html</link>
<guid>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2006/03/4.html</guid>
<category>01建築家対談 杉坂智男×落合俊也</category>
<pubDate>Wed, 15 Mar 2006 02:50:22 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>【第3回】 最小限住宅・評価</title>
<description><![CDATA[<p><img src="/toshi/images/genten.gif" /></p>

<h2>「最小限住宅」</h2>

<p><strong>落合</strong>　友達関係だけで、仕事があったんですか？</p>

<p><strong>杉坂</strong>　そうだね。当時は戦災からの復興で仕事も多かったんだろうね。</p>

<p><strong>落合</strong>　「最小限住宅」を提言されていたのもその当時ですよね。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　その頃だなあ。当時はお金がないし、木がもったいないからってことで、国があまり大きな建築を勧めていなかった。住宅金融公庫が始まった時には、１００平米だったかな、制限がありました。それ以上には貸さないんだ。</p>

<p><strong>落合</strong>　そうですか。今は逆に土地が狭いと借りられないのに。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　あの頃は、そんなにでっかい家を建てられるような金のある人には貸さないよって、そういう主旨だったんだろうね。</p>

<p><strong>落合</strong>　なるほど。最小限住宅が提言されたのも50年代の初頭からですよね、たしか。増沢洵さんとか清家清さん、池辺陽さんといった東大や東工大出身の若手建築家とともに、競い合うように新しい試みに挑戦していたんですよね。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　経済力、技術者、土地の広さ。何もかも制約に縛られた中の仕事だからね。なるべく単純にしよう。できるだけ細くしようという設計は、それなりの醍醐味があったよね。</p>

<p><strong>落合</strong>　そうですよねえ。ただ、時代は変わりましたけど、今でも当然、住宅の設計にはいろんな制約があります。最小限住宅では、ビッグネームに育っていく過程にあった気鋭の若手建築家たちが、制約を逆手に取ったさまざまな「理念」を提唱していますよね。東孝光が「田舎の100坪よりも都市の6坪」を選んで住むことを決意して「垂直型のワンルーム」を提言したり、黒川紀章がカプセルを組み合わせた「取り替え可能」な住空間を提言したり。制約を乗り越える「理念」を生み出す力は、現代の建築家も見習うべきだと常々感じているんです。もちろん、現代の我々も、それなりに試行錯誤して頑張っているんですけどね（笑）。</p>

<hr class="hr1">

<h2>「評価」</h2>

<p><strong>落合</strong>　ところで、杉坂建築事務所の特質には「和風」が原点にあるんですが、木造軸組の伝統的な日本建築に触発されたのは、レイモンド氏の影響が大きかったんですか？</p>

<p><strong>杉坂</strong>　大学を出てレイモンドさんの事務所に入ったのが昭和28年だったかな。それまでは、レイモンドさんが伝統的な日本建築に深い造詣をもってらっしゃるなんて全然知らなかったんだ。日本語のボキャブラリーも少なかったしね。</p>

<p><strong>落合</strong>　へえ、そうなんですか。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　スタッフが描いた設計図を見るでしょ。評価する言葉は「これはすばらしいものです」と「これはダメなものです」の二種類なんだ。本当はもっといろんな言葉で評価したかったのかも知れないんだけど、今にして思えば、建築設計への評価って「すばらしい」と「ダメ」で事足りる。どんなに素敵なアイデアがあっても、理論や思想が優れていても、できあがった建築物が使いづらければ意味がない、ダメなものだからね。</p>

<p><strong>落合</strong>　シンプルだからこそ強烈な言葉です。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　今でもね、自分で描き上げた図面を見ていると、レイモンドさんの声が聞こえるような気がすることがあるんだよね。「これはダメなものです」って声が聞こえたら、もう基本から設計を考え直すしかない（笑）。</p>

<p><strong>落合</strong>　思わず耳をふさぎたくなっちゃいますね（笑）。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　レイモンドさんの著書にね、いい言葉があるんだ。本になるくらいだから、こっちは豊富な言葉で語られててね。「（建築はただ）美を目的とすべきではなく、現実に向かって対処し、内的なものから外的なものに向かわなくてはならぬ。自分自身が、ただこのことに徹すれば、偉大なる時代の建築が常に果たしているように、美は報酬として与えられよう」（SD選書「私と日本建築」A・レーモンド著）って。この言葉は建築家として生きる僕の心の中に、ずっと刻みつけてきた。微力だけど、この意味を次の人たちに伝えていくのが、自分の役目だと思っていたんだよね。</p>]]></description>
<link>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/12/3.html</link>
<guid>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/12/3.html</guid>
<category>01建築家対談 杉坂智男×落合俊也</category>
<pubDate>Wed, 14 Dec 2005 16:05:08 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>【第2回】 尺・結核</title>
<description><![CDATA[<p><img src="/toshi/images/genten.gif" /></p>

<h2>「尺」</h2>

<p><strong>落合</strong>　そんな中で、近代建築の勉強をするわけですよね。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　そう。戦後の復興時代だから、大規模な建築の話が多くて、木造なんてのは最初にちょっとやるだけだったけどね。</p>

<p><strong>落合</strong>　レイモンド事務所には、東大を卒業してすぐに入ったんですか？</p>

<p><strong>杉坂</strong>　学生時代から、アルバイトで行ってたんだ。卒業するって時に、そのまま「うちに来い」って言われて入ったんだね。</p>

<p><strong>落合</strong>　当時のレイモンド事務所って、どんな建築をやってたんですか？</p>

<p><strong>杉坂</strong>　僕が入った頃は、ちょうど米軍の仕事がたくさんあった。座間のキャンプとかね。そういう施設の設計が多かったように覚えているね。</p>

<p><strong>落合</strong>　やっぱり「軍」ですか（笑）。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　ははは、そうだね。米軍の仕事は設計図もインチで書かされるんだ。ところがレイモンドさんは、日本の「尺」ってのは建築の理想的な単位だって言ってたんだよね。</p>

<p><strong>落合</strong>　そうなんですか。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　フィートはフット、つまり足が基準で30.48cm。でっかい足だよね（笑）。尺は肘の長さから生まれた単位といわれてるでしょ。一尺は30.3cm。長さはほぼ同じだし、両方とも身体を元にした単位で理にかなっている。でも、フィートは十二進法で建築には使いにくいんだよ。尺は十進法でとてもいい単位だと。</p>

<p><strong>落合</strong>　なるほど。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　日本で尺貫法が禁止になってからも、レイモンドはスタッフに図面を尺寸で書かせてましたよ。</p>

<hr class="hr1">

<h2>「結核」</h2>

<p><strong>落合</strong>　レイモンドさんはどこの国の方だったんですかね？</p>

<p><strong>杉坂</strong>　チェコだね。チェコ出身のアメリカ人。</p>

<p><strong>落合</strong>　活動は日本が中心だったんですよね。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　そうだね。40年以上も日本で仕事を続けたはずだな。</p>

<p><strong>落合</strong>　日本に来たきっかけは何だったんでしょう？</p>

<p><strong>杉坂</strong>　フランク・ロイド・ライト（1867年アメリカ生まれの建築家。1911年に設計工房『タリアセン』を設立し、帝国ホテルの設計依頼を受けた）が日本で帝国ホテルの設計のために来るときに一緒に来て、弟子って言うと怒るんだけど、一緒になってやったんだね。で、ライトは帰っちゃったんだけど、彼は日本に残って事務所作ったんだ。ところがそのうち戦争が始まって、強制送還で一度帰国せざるを得なかった。でも、戦後またすぐに日本に来て事務所を再開したんだ。</p>

<p><strong>落合</strong>　へえ、一度事務所は途切れてるんですね。レイモンドってダイナミックに木を活用した建築が多いですよね。所長はやはりレイモンドの影響を受けたんですか？</p>

<p><strong>杉坂</strong>　そうだね。</p>

<p><strong>落合</strong>　最初から木の建築を志したわけじゃなかったんですね。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　自分の将来への考え方が、わりといい加減だったんですよ。大学のときに結核でね。「三十歳は無理だな。二十代で終わりだ」なんて友達の医者に言われたから、やりたいことやろうと。レイモンド事務所に一年くらいいときにも喀血がひどくなってね。</p>

<p><strong>落合</strong>　そうなんですか。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　体調が悪いから仕事を休ませてくれって言ったんだ。すると、日本人の重役が「まだ若いんだから早く治してこい」って言ってくれるかと思ってたのに「結核は設計には向かないよ。製図なんて書いてたら良くならないから考えた方がいいよ」なんて言われてね。ああ、そうですかって、翌日辞めちゃった。</p>

<p><strong>落合</strong>　（苦笑）</p>

<p><strong>杉坂</strong>　で、辞めてはみても一人で食えないでしょ。だから自宅で友達の家の設計をしたりしてね。ただ、一人でやってるとなかなか現場には行けないから、東大の後輩の学生を手伝いに来させたりして。図面渡して現場行ってこいとかね。そんなことを少しずつやってったんだ。<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/12/2.html</link>
<guid>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/12/2.html</guid>
<category>01建築家対談 杉坂智男×落合俊也</category>
<pubDate>Wed, 14 Dec 2005 16:01:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>【第１回】 射撃・大学</title>
<description><![CDATA[<p><img src="/toshi/images/genten.gif" /></p>

<p>建築家で杉坂建築事務所の創業者である杉坂智男と、杉坂の最後の弟子で、現在の杉坂建築事務所設計部部長である建築家・落合俊也が、「杉坂」の原点を語り合いました。連載コラム風に掲載していきます。お楽しみください。</p>

<hr class="hr1">

<h2>「射撃」</h2>

<p><strong>落合</strong>　所長は射撃が趣味でしたよね。凄い腕前だとうかがったことがあります。警察学校で教えてらっしゃったり。インドで虎を撃ったとか。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　豹だね。虎は撃てなかった。</p>

<p><strong>落合</strong>　野生の豹はたくさんいるわけですか？</p>

<p><strong>杉坂</strong>　いや、そんなにたくさんはいないよ。インドはマハラジャがいるでしょ。自分の領地内に豹がいて、人が食われようが何だろうが、村人は絶対殺しちゃいけないということになっている。マハラジャはそれを外国人に撃たせてお金を稼ぐ。だから契約をしていけば必ず見つけられる。だけどそれを一発で撃たなかったら大変なことになるんだよね。ケガさせて逃げられたら殺すまで責任がある。だから帰れないですよ。帰ろうと思ったらプロハンターに莫大な金を払うことになる。必ず仕留めてくれって。</p>

<p><strong>落合</strong>　自分で見つけて、自分で撃つんですか？</p>

<p><strong>杉坂</strong>　いや、プロハンターが一緒。豹の場合はジープに乗って、夕方と明け方、薄暗いときに、ヘッドライトを外したクルマで探すんですよ。すると、ジャングルの中で豹の眼がキラリと光る。</p>

<p><strong>落合</strong>　外したらどうなるんですか？　襲われます？</p>

<p><strong>杉坂</strong>　うかつにそばには行けばね。夕方撃っても、暗くなって危ないから、その日は引き上げて翌朝探しに行くんだ。そのときだけはプロハンターが散弾銃で守ってくれる。</p>

<p><strong>落合</strong>　それは所長がおいくつぐらいのときにやってたんですか？</p>

<p><strong>杉坂</strong>　三十代から五十歳くらい。シベリアに行ったのが四十歳くらい。まだ「戦後」だったね。日本人が銃持って、シベリア、ロシアに入ったのは戦後初めてだったらしい。</p>

<p><strong>落合</strong>　この別荘（対談は八ヶ岳にある杉坂氏の別荘で行われた）には獲物の剥製がたくさん飾ってあるんだけども、こういう場所じゃないと飾れないですよね。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　そのためにこの部屋がある（笑）。</p>

<p><strong>落合</strong>　ここは最近増築したんですよね。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　そうだね。当初の計画には盛り込めなかったんだ。でも、どうしてもこういうスペースが欲しくなったから増築した。夢にカタチを合わせて変えられるのは、木造軸組の利点だね。</p>

<p><strong>落合</strong>　ほかにも所長が設計して建てた別荘が、この近くにあると聞きました。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　うん。三軒あるね。</p>

<hr class="hr1">

<h2>「大学」</h2>

<p><strong>落合</strong>　所長と先日話した時に「そろそろ引退する」なんて言ってましたけど、まだまだ事務所に関わって欲しいと思うんです。今、杉坂建築事務所のホームページを充実させようとしているので、所長の言葉を通じて、事務所の歴史を整理できないかと考えたんです。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　なるほどね。</p>

<p><strong>落合</strong>　例えば、所長のレイモンド建築事務所（杉坂氏が師事した建築家。アントニン・レイモンド氏が日本で開いていた設計事務所）時代のお話とか、事務所創設当時の話を聞いてみたいと。僕なんかは所長の一番最後の弟子ですよね。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　そうだね。</p>

<p><strong>落合</strong>　では、よろしくお願いします。まず所長が建築の道に入られたきっかけから話を始めていきたいんですが。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　戦時中、僕が海軍兵学校にいたのは知ってるでしょ？</p>

<p><strong>落合</strong>　はい。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　戦争に負けて、しょうがないから学校に行き直したんだけど、それまでは建築なんて考えもしていなかった。だって職業軍人になるつもりだったから。親父は職業軍人で戦艦長門の艦長なんてのもやってたし、兄貴も職業軍人だし。兄貴は戦死しましたけど。</p>

<p><strong>落合</strong>　長門の艦長…、すごい…。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　子供の頃から軍人になるものだと信じてたからね。ところが戦争に負けて、どこか学校行かなきゃしょうがないから旧制高校受けて入って。昔は旧制高校入るとほとんど国立大学行けたんだよね。まあ、僕らの頃は試験が結構難しくなってたけど。それで、東大に行って、工学部というのは決めてたけど、建築とは決めてなかった。工学部の中で一番遊べそうなのが建築かなと。電気とか色々あったけど、勉強が面倒そうだった。建築なら多少遊んでてもいんじゃないかなと思って選んだだけなんだ（笑）。</p>

<p><strong>落合</strong>　いや、まさに歴史を感じる話ですね。</p>

<p><strong>杉坂</strong>　丹下健三さんが教授でいた時代だよ。</p>

<p><strong>落合</strong>　へえ、じゃあ教えも受けたってことですか？</p>

<p><strong>杉坂</strong>　うん。彼の講義は面白かった。他の講義はまともに出なかったけど、丹下さんのは面白いからちゃんと出た。</p>

<hr class="hr1">

<p>プロフィール</p>

<p>杉坂智男<br />
すぎさか　ともお●大正15年、東京生まれ。昭和31（1956）年に杉坂建築事務所を創業。東京大学工学部建築学科を卒業後、昭和28年から建築家のアントニン・レイモンド氏に師事。おもな作品に加茂ゴルフ倶楽部クラブハウス、青少年の森センターなどがある。東京建築士会受賞。林野庁長官賞などを受賞。</p>

<p>落合俊也<br />
おちあい　としや●昭和34年、東京生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業後、同大学院修了。昭和60年、杉坂建築事務所に入社。現・株式会社杉坂建築事務所取締役設計部長。都市型環境共生住宅を提唱し、ロハスな住宅建築に取り組んでいる。建築・環境省エネルギー住宅賞などを受賞。<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/12/post_11.html</link>
<guid>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/12/post_11.html</guid>
<category>01建築家対談 杉坂智男×落合俊也</category>
<pubDate>Mon, 12 Dec 2005 14:26:17 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>伝統技能と現代技術</title>
<description><![CDATA[<h2>大量生産方式から伝統型生産方式へ</h2>

<p><font color="#660000">■実例：神奈川県大磯市M氏邸</font></p>

<p>シューマッハが指摘したように、現代技術は人間が楽しんでする仕事、頭と手を使っての創造的で有益な仕事を奪い、代わりにみんながいやがるコマ切れの仕事をたくさん作りだした。現代の大量生産型の家づくりは、本質的に暴力的で、生態系を破壊し、再生不能資源を浪費し、職人と住人双方の人間性と健康をむしばんでいる。<br />
伝統型生産の技術は、現代の知識、経験の最良のものを活用し、分散型を促進し、エコロジーの法則にそむかず、希少な資源を乱費せず、人間を機械に奉仕させるのではなく、人間に役立つようにつくられるべきである。 </p>

<p><br />
<div align="center">伝統型生産の風景</div></p>

<div align="center"><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/05dento_02.gif" width="462" height="158">
 <img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/05dento_03.gif" width="462" height="158">
<img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/05dento_01.gif" width="270" height="250">

<p>道路側の外観が威圧的になるのを避けるため、軒を低く抑えた大屋根をかけた。<br />
西側は道路をへだてて豊かな雑木林、南面も適度に開けた理想的な敷地環境である。</div></p>

<p><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/05dento_04.gif" width="285" height="387"><br />
<img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/05dento_05.gif" width="282" height="387"><br />
</p>]]></description>
<link>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_10.html</link>
<guid>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_10.html</guid>
<category>02実例検証</category>
<pubDate>Tue, 22 Nov 2005 14:22:10 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>夏の涼風システム</title>
<description><![CDATA[<h2>風洞を組み込んで夏の冷房を</h2>

<p><font color="#660000">■実例：東京都杉並区O氏邸</font></p>

<p>南北に細い敷地のため、夏の南風を北に貫通させることが難しい。そこで、南と北の2本の垂直コアと、それを平行につなぐ風洞でプランを構成した。北と南の温度差と、重力換気の相乗効果によるパッシブ通風が生じている。また、徹底した通風性能は夏の夜間における建物の冷却効果を高め、地盤に連続する土間の冷幅射によってエアコンなしでも最高28度前後の室温に抑えることができている。</p>

<p><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/04_natsu_01.gif" width="456" height="222"></p>

<ul><li>落葉樹を活用し窓からの日射侵入を最大限に抑える設計。樹木は侵入する空気温度を低く抑える働きもある。</li>
<li>地盤（土間床）からの冷幅射（吸熱）を活用。足裏接触温度による涼感も生まれる。</li>
              </ul>

<p><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/04_natsu_02.gif" width="456" height="400"></p>

<p>        <ul><br />
          <li class="text1">マンションを迂回して南西から吹込む風は、庭の樹木で清浄されバルコニーやデッキガーデンから建物内に流れてくる。</li><li>夏の西面は日射条件が厳しい。落葉樹の藤棚を設けて日射の遮光および遮熱を行う。</li><li>東側を流れる風は、隣地壁（2m）と隣家の樹木による日陰で冷やされる理想的な遮熱環境にあるため、夏でも窓を開けはなっておくことができる。<br />
         </li><br />
        </ul></p>

<p><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/04_natsu_03.gif" width="300" height="190" border="1"></p>

<p><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/04natsu_suginami_o_p.gif" width="456" height="310"></p>

<p><font color="#990000">■平成11年　第四回TEPCO快適住宅コンテスト入賞</font></p>]]></description>
<link>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_9.html</link>
<guid>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_9.html</guid>
<category>02実例検証</category>
<pubDate>Tue, 22 Nov 2005 14:21:12 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>高機能開口部</title>
<description><![CDATA[<h2>夏の遮光・遮熱・採光を制御する窓</h2>

<p><font color="#660000">■実例：神奈川県横浜市　 H氏邸</font><br />
西面の開口部は、冬には有効に太陽熱をとり入れるが、夏の遮光は困難である。ほとんど横なぐりの進入角度をもつ太陽光は、ひさしだけでは防ぎようがないからである。この為、室内熱環境を悪化させる一番の要因となっている。落葉植物等で、夏の間だけ開口部をおおって遮光する方法は有効だが、メンテナンスがやっかいな場合もある。一般のサッシを使いながらも、遮光スクリーンや断熱スクリーンを併用して、採光・遮熱・遮風を別々にコントロールできるような高度な機能を持った開口部を工夫してやることで、設計の可能性が大きく広がるのである。</p>

<p><br />
<img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/03kaiko_01r.gif" width="280" height="194"></p>

<p><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/03kaiko_01l.gif" width="280" height="194"></p>

<p><br />
<div align="center">高機能開口部の実例（神奈川県横浜市H氏邸）</div><br />
<img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/03kaiko_02.gif" width="448" height="462"></p>

<p><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/03kaiko_yokohama_h_p.gif" width="456" height="313"></p>

<p><font color="#990000">■平成12年　第五回建築環境、省エネルギー住宅賞</font><br />
<font color="#990000">■平成13年　第一回エコロジー住宅研究会特別大賞 </font><br />
</p>]]></description>
<link>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_8.html</link>
<guid>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_8.html</guid>
<category>02実例検証</category>
<pubDate>Tue, 22 Nov 2005 14:19:38 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>建物内部の熱容量</title>
<description><![CDATA[<h2>地盤の熱容量を取り込む</h2>

<p><font color="#660000">■実例：東京都武蔵野市    I氏邸</font></p>

<p>地盤の安定した温度と大きな熱容量を室内側に取り入れると、室内の気温変動幅が小さくなり温度が安定する。この性質は建物内部の熱容量が大きいほど顕著となる。これは熱容量の大きな蓄熱体は周辺空間が冷えると熱をはきだし、暑くなると熱を吸収するからである。日本の在来木造住宅はほとんど熱容量をもっていないから、外気温の変動に大きく影響を受けた室内温度環境になる。</p>

<div align="center" size="+1"><strong>輻射熱環境の温度分布図</strong></div>

<p><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/02netsu_01r.gif" width="280" height="222"></p>

<p>夏の地盤面は安定した温度（23&deg;C）が保たれており、室内の熱を吸収してくれる。また足裏等、身体の接触面からの直接の熱移動があり、体感温度を下げる効果がある。</p>

<p><br />
<img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/02netsu_01l.gif" width="280" height="222"><br />
冬の蓄熱は日中の太陽の直射光（ダイレクトゲイン）と深夜電力利用の埋没ヒーターで行う。コンクリートの土間にたくわえられた熱は建物の断熱性能が高ければ、建物自体が断熱カバーとして働いていることになるから、容易に冷めることはないのである。</p>

<p><br />
<img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/02netsu_02.gif" width="456" height="334"></p>

<p>例：東京都武蔵野市I氏邸</p>

<ul><li>密集地ながらも保存指定樹木の大木が敷地内周辺を取り囲み夏の冷房徴気候を作り出している。</li><li>西側既存平屋と連結して、一体化させた大規模な増築である。既存の建物とは熱的性能がまったく異なる為、界壁は二重壁にして完全に区切っている。</li>
</ul>

<p><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/02netsu_musashino_i.gif" width="456" height="310"></p>]]></description>
<link>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_7.html</link>
<guid>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_7.html</guid>
<category>02実例検証</category>
<pubDate>Tue, 22 Nov 2005 14:15:53 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>冬の暖房システム</title>
<description><![CDATA[<h2>太陽光利用で冬でも快適な住空間を</h2>

<p><font color="#660000">■実例：神奈川県横浜市  K氏邸 </font></p>

<p>環境共生住宅の大きな特徴の一つが冬の暖房システム。この家の場合、南面が大きなガラス面として解放し、冬の太陽光を最大限に利用している。また、吹き抜けの高窓を通して建物の奥まで入り込んでくる太陽の熱を、直接土間に蓄熱するダイレクトゲイン方式を採用した。このことで、建物内部が輻射熱空間となり、冬の厳寒期でも上下階の温度差をほとんど生じることなく全体を一定温度（19&deg;C+-1&deg;C）に保つことができた。</p>

<p><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/01winter01.gif" width="456" height="242"><br />
<img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/01winter02.gif" width="440" height="377"><br />
<img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/01winter03.gif" width="300" height="229"><br />
<img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/01winter_yokohama_k_p.gif" width="456" height="446"></p>

<p><font color="#990000">■平成10年　第三回TEPCO快適住宅コンテスト入賞</font></p>]]></description>
<link>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_6.html</link>
<guid>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_6.html</guid>
<category>02実例検証</category>
<pubDate>Tue, 22 Nov 2005 14:11:02 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>4: そろそろ日本の家（第二回）</title>
<description><![CDATA[<p><font color="#660000">▲未来和風の様式</font></p>

<p><b>1) 四季のリズムを反映する家</b></p>

<p>さて、前章で和風の持つ3つのタイプの大きな幻想について述べました。そんな幻想に縛られることなく現代的かつ本質的な日本の家を発想してみましょう。</p>

<p>新しい和風の成立を際だたせる為には、我々日本人自身がまずその生活に日本的なる四季観を取り戻すことが必要です。それには現代社会の消費構造と価値観そのものを変える必要があります。</p>

<div align="center"><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/wanoie_04.jpg" width="250" height="326" vspace="10" hspace="10" border="1"></div>

<p>しかし、これにはまだまだ多くの時間を要します。現代の日本社会が抱える多くの問題に関しては、我々人間が自然の一部であることを忘れ、本来の人間性を喪失していることにその根本原因があります。和風が喪失してしまうような社会基盤に、そもそも人間性の復活はあり得ません。このことに気づいてきた多くの人々を建築の側から支援できるような家造りの方向性を、これからの和風建築は持っていなければなりません。いわば、歪められた現代日本人の精神を矯正する役割を担っているのです。</p>

<p>四季のリズムを住人の心に映し出す家は、必然的にその場所の環境と共生した存在です。つまり未来和風の様式とは、まさに日本型環境共生建築そのものの姿と言い変えることができます。「環境共生」という21世紀の強力な指針は、和風が過去の幻想から解き放たれて大きく飛び立ち、生まれ変わるのに必要な大きな力を与えてくれるに違いないのです。</p>

<p><br />
<b>2）日本型パッシブ設計</b></p>

<p>それでは四季のリズムを反映する家とはいったいどんな家なのでしょう。</p>

<p>夏暑く、冬寒い家？エアコンがなく我慢を強いられる家？否、それでは単に昔の状態に戻しただけです。我々はすでに夏の暑さや冬の寒さを克服し、一年中一定に暑さ寒さに惑わされない家を造ることに成功しています。これを元に戻すだけでは誰も納得しないでしょう。</p>

<p>実はこの問題に強力な答えを出してくれるのがパッシブ設計という古くて新しい手法なのです。パッシブ設計とは太陽の熱や風の導入、空気の比重や温度差、圧力差を利用した換気効果、地盤の熱容量といったものをうまく使って建物の内部環境を自然の力で自立的に調整しようするものです。</p>

<p>そのためには建物の存在する場所のマクロな気候のみならず、周辺の人工物や樹木等の作り出す微気候を分析し、それを積極的に利用します。そして自らが建物外部の敷地内余白部分に、新たに微気候を作り出す工夫をすることさえ必要になってきます。周辺環境を緑によって整えたり、遮熱してクーリングゾーンを作り出したり、風の道をデザインしたりしながら必要外部環境を設計し、これを室内環境とリンクさせて効果を高めるという非常に高度かつ微妙な設計手法なのです。</p>

<p>このような周辺環境と建物自体のパッシブな設計が上手に行われれば、夏冬の気候の厳しい部分は程良くカットされエアコンなしでも十分生活できる環境を作り出すことができます。エアコン制御の家は外部の環境状態とは無関係に大量のエネルギーを消費し、室内を力で制御してしまいますから、不自然に大きな温度差が生じ、人や建物の健康にも悪影響を与えます。</p>

<p>これからの時代は大きなエネルギーを使ってパワーで制御するのではなく、自然の力を利用して優しく柔らかくコントロールしてゆくような省エネ、ローインパクト技術の利用にその方向性を変えてゆくべきなのです。</p>

<p><br />
<b>3）高断熱高気密和風？？</b></p>

<p>近代以降ずっと続いてきた建築の設備至上主義はここに来て少し変わり始めています。エアコン等の設備関係の技術開発から、高性能な壁体材料や開口部部品のような建物躯体の基本性能を向上させる材料の開発へとその重点が変わってきました。現在急速に普及している高断熱高気密技術もその一つです。</p>

<p>たしかにこの技術のおかげで建物の基本性能が飛躍的に向上し、パッシブ設計の効果を高めることができるようになりました。実は今まで日本にパッシブ設計が根付かなかったのは日本の伝統家屋に基本性能が不足していたからです。</p>

<p>熱的にざる状態の日本の家では大量にエネルギーを使ってパワーでコントロールするしか方法がなかったのです。昨今の高断熱高気密技術による基本性能の向上で、日本の気候でもパッシブ設計の効果が得られるようになりました。しかし現在の高断熱高気密技術の普及はあくまでも基本性能革命の初期の第一歩だと思います。ようやく必要性能のスペックを考えるようになってきたと言うことにすぎません。</p>

<p>躯体の高性能化の技術はまだまだ発展途上ですからこれからもいろいろな材料や部品が開発或いは改良されてくるでしょう。現段階ではまだ材料のトータルエネルギーコストとスペックの間には多くの矛盾がありますし、工法的にも成熟しているとはいえません。</p>

<p>しかし、このような形で建物躯体の基本性能が向上し、パッシブ設計の効果が出るようになれば環境共生型和風住宅の普及にますます拍車がかかってくるでしょう。パッシブを支える基本技術としての高断熱高気密技術は必要不可欠な技術ですが、これから長い時間をかけてじっくりと育ててゆかねばならない物だと思います。 </p>

<p><br />
<b>4）風通しという基本 </b></p>

<p>日本の環境共生住宅を考えるとき最も重要なのが通風設計です。蒸し暑い夏をエアコン無しに乗りきるには、<a href="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_9.html">風の取り込みとパッシブ効果で空気移動を生じさせるような空間を構成する</a>ことが基本となります。<a href="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_9.html">【解説：夏の通風システム】</a></p>

<p>もともと日本の民家は暑い夏をむねとし開放的につくられていました。その方向性は、これからの日本の家に受け継がれるべき指針だと思います。なぜなら冬の寒さは、躯体性能の改善と共に適切なパッシブ設計が為されれば、ほとんど問題なく解決できるようになってきたからです。</p>

<p>やはり問題は高温多湿な夏なのです。</p>

<p>冷房するのではなく涼房を作り出すようなパッシブ設計を行うにはかなり高度な技術が必要になります。ポイントは建物に垂直、水平風洞を組み込むことにあります。この結果できる開放的な重層空間は、伝統民家の平面的な解放空間構成の進化した形と見ることができます</p>

<p><br />
<b>5）タタミの解放</b></p>

<p><a href="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_4.html">前章</a>で、権威や格式或いは様式としての和風の幻想についてお話ししました。例えば畳を例に挙げてみましょう。</p>

<p>畳は単なる床材のひとつであるという見方をすれば、たいへん便利で利用価値の高い物です。しかしいつも長押や床の間がセットになっていると、かわいそうに畳はどうも自立的に発展する機会を失っているのです。</p>

<div align="center"><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/wanoie_05.jpg" width="250" height="345" vspace="10" hspace="10" border="1"></div>

<p>畳も本来は日本のオリジナルなものではなく、大陸から伝来したものだそうですが（日本にオリジナルなものはほとんどないそうです）それでも今までこれだけ普及してきたのですから日本人は相当畳好きなのかもしれません。部屋の中に靴を履いたままで入る欧米の生活では採用しづらい床材ですから、外国人がタタミの部屋に羨望の目を向けるのはわかるような気がします。日本人は家の中では靴を脱ぎ裸足で生活します。このライフスタイルが変わらない限り，タタミはこれからも使用され続けるに違いありません。</p>

<p>ところで畳といえば和室、和室といえば床の間という人は相変わらず多いのですが、あなたの家にほんとに床の間なんて必要なんですか？あなたはその床の間で何をしようとしているのですか？何を期待しているのですか？そのことを確認する必要があります。</p>

<p>もしかしたら、あなたもあの和風の幻想にとらわれているだけなのかもしれません。たとえば居間の一部をタタミのコーナーにして座敷のファミリースペースを作ってみたらどうでしょう。我々日本人は、大好きなタタミをそろそろ格式から切り離し、新しい目で新しい使い方をしてゆきたいものです。</p>

<p><br />
<b>6）玄関の見直し</b></p>

<p>形式といえば、和風における玄関のあり方には、かなり問題点がありそうです。客を迎え入れる為、或いは主人を送り出すための昔からの独立した玄関スペースは、現代の生活において必要があるのか考え直してみなければなりません。<img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/wanoie_06.jpg" width="255" height="205" align="right" vspace="10" hspace="10" border="1">客といっても親しい人たちがほとんどで、昔のように儀礼を尽くすしつらえなど、ほとんどの家では必要なくなっているのです。親しい人たちの出入りと家族の出入りに限定すれば、あのようにかしこまった玄関や、その続きとしての玄関ホールなど必要ないのです。</p>

<p>狭い家の中であれだけスペースを取っているのですから、どこかに合併するか吸収するかして再編成する必要があります。どんなに家が洋風化しても靴脱ぎ場としてのたたきを持つ玄関という形態だけはずっと守り続けている日本の家です。</p>

<p>靴を脱ぐというライフスタイルは日本の風土にあったものなのですが、このことと現在の形式化した玄関は必ずしもマッチしているとはいえないのです。</p>

<p><br />
<b>7）土間床の復活</b></p>

<p>新しい和風を求めるとき、生活の機能の面からも環境に共生したパッシブ性能の確保の点からも、土間床を復活させることを提案したいと思います。土間といっても昔の民家の土をたたき固めた土間ではなく室内空間としての土間床です。材質的には珪藻土やモルタル等で仕上げても良いし、タイルを貼ってもかまいません。</p>

<div align="center"><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/wanoie_07.jpg" width="195" height="256" vspace="10" hspace="10" border="1"></div>

<p>床のランクとしては、玄関土間よりも上だけど、一般の床よりは下のランク、丁度縁側くらいの地位にある床でしょうか。床下をもたない土間の床というのは、建物の足廻りの湿気や腐朽の問題を解決しますし、何よりも建物内部の熱容量の確保という点で、最も都合がよいのです。</p>

<p>従来の和風建築はほとんど熱容量を持っていませんでしたから、外気温の影響を大きく受けていました。未来和風の建物は室内に熱容量を確保することで、暖まりにくくさめにくい安定した熱環境を作るパッシブ性能が付加されるべきなのです。一階はすべてプラットフォーム状に土間で仕上げられ、その一部に畳がおかれているなんていうのは、かなり未来和風のイメージです。湿気を工法的にシャットアウトして大きな室内熱容量を土間に持たせることで、夏涼しく冬も暖かい安定した輻射熱空間が作りやすくなるのです。</p>

<p><br />
<b>8）垂直な縁側</b></p>

<p>外部環境の整えが環境共生住宅の室内環境コントロールには必要だといいましたが、言葉を換えると内と外の境界領域の活性ということです。内と外との境界領域というのは昔の家の縁側のようなスペースです。しかし、あのような形の縁側は現代の都市型住宅では意味のないものです。</p>

<p>近隣や外部労働空間との接点としての昔の役割から現代では熱環境制御にその意味をシフトしてきています。したがって私は縁側は垂直に立てて使うべきだと思っているのです。それは平面としての縁側でなく断面としての縁側（つまり吹抜の一種）です。この縦の縁側を利用してパッシブ通風や排熱効果を起こしたり、<a href="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_6.html">冬の日射を室内奥まで入れてダイクトゲインを得る</a>ことができるようになるわけです。</p>

<p>これは通風設計における垂直風洞とも言い換えることができます。建物の熱環境制御装置としてはとても重要な役割を担います。 <a href="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_6.html">【解説：冬の暖房システム】</a></p>

<p><br />
<b>9）和風を支えるエコエネルギー</b></p>

<p>かつての日本の民家というと、ほとんど木と土をはじめとする自然素材で造られていました。良質な木材と土に恵まれている日本ではそのような生産風土が自然に成立し、成熟してゆきました。この過程で大工技能や左官の技術が文化的価値を形成するレベルにまで発展してきたわけです。</p>

<p>地場の木を伐採し、大工が木取りをして材を加工し家を造るというエコロジカルなプロセスは現在では全く変化しました。スケールメリットの追求による大量生産方式は、実は大量にエネルギーが浪費されています。遠方からさまざまな輸送手段で現場に運び込まれる流通過程でもまた大きなエネルギーを消費し環境破壊を行っているのです。</p>

<p>その一方、現場では労働力を削減する方向で合理化されたおかげで、貧しくこまぎれの組み立て作業のみが残されています。そこにはかつてのあのすばらしい技能や知恵、創造力を発揮する余地は残っていません。人間的労働の本質をすっかり失った、俗に3K労働と呼ばれる現状になっています。</p>

<p>これからのエコロジー社会においてはまず人間労働の価値や意義を取り戻してゆく必要があります。人間の労働力は無尽理に再生産可能なエコロジカルなエネルギーです。そしてまた、労働の本質は頭と手を最大限に使った創造的行為です。これは本来大きな楽しみと喜びを当事者にもたらすものなのです。</p>

<p>のような本質的労働で作り出されていたのが本来の和風建築でした。現在でも和風建築が何となく高級に感じるのは、そこに投入された人的エネルギーの量と質の高さを垣間見るからです。工業化住宅の対極にあるのが和風住宅だというイメージはまさにこの部分に由来しているのです。</p>

<p>こう考えると未来和風の建築生産現場には、是非ともかつての様に大工をはじめとする各職人が生き生きと働いているシーンを再現しなければなりません。そのような生産社会の仕組みを現在に求めてゆかねばならないのです。大工・左官をはじめとする職人、そして材料を提供する大元の林業家、あるいは建築家の中にも、そのような伝統型生産方法の再編を企てる動きがあります。</p>

<p>今こそ、たとえば産直共協同組合方式による適切規模のスケールメリットの下に、生産システムを再構築する事が必要です。未来和風の様式をふたたび大量生産型の商品にしてはならないのです。</p>

<p><br />
<b>10）和風外観に木は不要</b></p>

<p>ところで自然素材のみで建築を造ることが現在の都市環境下で可能なのでしょうか。</p>

<p>住居建築は住むための器といわれた時代から第2の衣服といわれる時代に変化してきました。住居はそれだけ住人の身体的健康と精神的健全性に直接に関わる物だという認識が強くなってきたのです。</p>

<p>住居という人間の着る大きな服はその身体側（つまり室内側）に関しては人間に近い生物材料としての地場の自然素材が用いられるべきでしょう。</p>

<p>しかし外部についてはどうでしょう。昔の和風建築のように外部にも木を露出して造ってゆくことは、すでにほとんどの地域で法規上許されてません。あのような建築は法規の適用外の場所にしか造ることができないのです。</p>

<div align="center"><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/wanoie_08.jpg" width="378" height="305" border="1"></div>

<p>人口の大部分が集中する都市住宅地域に建築不可能な和風のモデルなど提案しても意味がありません。低くおさえられ、長く突き出た軒、真壁造りの落ち着いた陰影のある外観といったイメージの中の和風はあまりにも都市環境となじまないものになっているのです。もう私たちの記憶の中にある、あの和風の外観のイメージはきっぱりと捨て去った方がよいのです。未来和風は外観イメージで発想する建物ではないのです。簡素でシンプルな建物に四季のリズムを反映した大きな和の本質が内在した建物なのです。 </p>

<p>木材を主体にした自然素材と技能労働で実現されていた日本建築は生産・維持・廃棄のすべてのプロセスにおいて地球環境に対するインパクトが小さいものでした。このことは未来和風の建築が受け継ぐべく最も大切な遺産だと思います。</p>

<p>我々日本人は未来和風の様式がエコロジー社会成立の過程で確実に評価され定着していく為にも、都市で成立する日本型環境共生住宅をもっと成熟した物に育ててゆかねばならないのだと思います。</p>

<div align="right"><i>（終わり　月刊ニューハウス 6月号掲載）</i></div>]]></description>
<link>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_5.html</link>
<guid>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_5.html</guid>
<category>03コラム</category>
<pubDate>Tue, 22 Nov 2005 14:02:53 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>3: そろそろ日本の家（第一回）</title>
<description><![CDATA[<p><font color="#660000">▲ はじめに</font></p>

<div align="center"><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/wanoie_01.gif" width="440" height="477" border="1"></div>

<p>近頃、「和風の家」が見直されているそうです。和風に古き良き時代を見い出し、現代にそれを取り戻そうとしているのでしょうか。日本人にとって、「昔風」と「和風」とではその意味するところは同じ物なのでしょうか。</p>

<p>若い世代の人たちの感じ方は少し違っている様です。彼らは明らかに、インターナショナルスタイルの消費型デザインに飽きているのです。その矛先が自然志向としての和、あるいは新しいデザイン様式としての和を連想させているのです。だから彼らの求める和風とは、モダンでかっこいいデザイの新様式であって、いわゆる本格的な昔からの和風とは確実に区別している様なのです。</p>

<p>昔の人がなつかしむ和風と現代の若者があこがれる和風では、同じ和風でも両者には大きな違いがあります。しかし、この変化の原因と意味を探ることによって和風の正体を浮き彫りにすることができます。和風の正体を探り、その本質的意味を分析してみると、そこには多くの幻想が含まれていることに気づきます。この古い幻想と新たに成立した今日的意味を入れかえることによって生み出されるスタイルはどのようなものになるのでしょう。私たちはそろそろ頭を切り換える時期に来ている様です。これから明らかにされる未来和風の様式が、将来の日本の住様式のプロトタイプとなるに違いないと私は密かに思っているのです。 </p>

<p><font color="#660000">▲和風を取り巻く３つの幻想</font></p>

<p>1）四季の風情</p>

<p>和風建築といわれてあなたの頭にはなにが浮かびますか。数寄屋の茶室や料亭の風景ですか？山間の民家の集落あるいは書院造りの武家屋敷等、人によって様々な和風建築のイメージを持っています。</p>

<p>おもしろいことに現代の若い世代の人は、和風建築といわれると畳や障子、床の間といった室内の風景、すなわちインテリアの和風記号ばかりが思い浮かぶらしいのです。つまり彼らにとって和風を感じる手がかりとは和風記号の存在であり、そこには日本独自の四季の織りなす自然という要素はすっかり陥落してしまっています。新世代のこのような傾向は、後で詳しく述べますが、全くやむを得ない事情によるもので、ここに和風の意味が大きく変化した理由のひとつがあります。</p>

<p>我々の現代生活の中には四季を感じさせる生活要素がほとんど駆逐されてしまっているからなのです。</p>

<p>本来日本の四季は、その気候風土が作り上げた最もオリジナルな日本的なる物なのです。この四季の移り変わりのリズムとそれに対応する生活様式は、近代までの日本人のDNAにすり込まれたに違いないと思われるほど定着したものでした。日本の文化的特質の成立背景にはこうした四季の移り変わりに見る自然観と、その四季に対応する生活様式がありました。ところが現在はどうでしょう。確かに今も夏と冬の気候の違いありますし、季節毎に衣服も食べ物も違います。しかし、それらはみな商品として誰もが同じように手に入れられるものです。それはインターナショナルスタイルとしてのシーズン変化にすぎないのです。</p>

<p>私たちはコンビニエンスストアに並ぶ商品と同様に、マーケットに対して戦略的に企画され生み出される商品を、漫然と消費して生活しているにすぎません。そのような商品サービスと消費構造の中で一見便利に成立している様に見える現代社会に四季の風情など感じる余地はほとんど残っていないのです。</p>

<p>このような社会変化の中、自然から切りとられた和風は記憶の中で記号化された表面デザインの一様式になりさがってしまったのです。 私はまだ40代の声を聞いたばかりですから、和風の本質を語る世代としては若手の部類でしょう。それでもまだ、和風建築を頭に浮かべろと言われれば、周辺の自然と一体となった風景として建物、あるいはまた季節毎の生活様式の風景が目に浮かびます。それはやはり子供の頃の住環境や生活に関する記憶の中に、四季の自然が入り込んでいるからです。自然のサイクルと共に生活の様式が組み立てられ、その生活の様式と建物のしつらえが密接にリンクしていたという体験をしていたからです。</p>

<p>その後、私の家族も団地住まいになりました。今考えてみると、この時を境に住まいは便利さと効率の追求によって造られるようになり、本質的な生活の豊かさとは違った方向に進んでゆきました。しかし当時はそれで便利になった、きれいになったと喜んでいたことも事実です。私だけでなく多くの人がそれを進歩だと感じて、歓迎していました。それはおそらくは人間社会の生長のステップというもので、このステップを経て初めて次のステップへと進歩してゆくことができるのかもしれません。失ってみて初めて日本人にとって四季の風情がどれだけ重要な物であったかを知ることになりました。</p>

<div align="center">＊</div>

<p>2）権威と格式の記憶</p>

<p>自然と共生した和風建築という見方ができる一方で、たとえば都会のテナントビルに組み込まれた高級和風料亭のような存在もまた、ひとつの強烈な和風のイメージを発信しています。<br />
<img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/wanoie_02.jpg" width="283" height="265" align="right" vspace="10" hspace="10" border="1"><br />
そこでみられる現代和風調インテリアの空間は、どうも敷居が高く堅苦しいものです。料亭に場違いな私のような一般庶民のひがみもあるのでしょうが、どうも落ち着かないのです。</p>

<p>和風から自然の織りなす風情といった要素を切り取ってしまうと、このように堅苦しい格式の空間になってしまうのは不思議です。実はここに、和風のもう一つの幻想が隠れているのです。それは権威や格式、規律といった伝統的な書院や茶室に由来する空間感覚であり記憶なのです。このような格式や権威が現代の家庭生活に意味を持たなくなってきた事が和風に幻想感を与えるもう一つの原因です。しかし一方でこの格式や権威に対するあこがれが根強く残っていることも事実で、私の世代よりひとまわり上の多くの人が、今だ実生活に状況に関わらず和室にある種の格式を求めています。</p>

<p>さてここまでに和風の幻想を生み出している基本要件を2点あげました。</p>

<p>もう一度整理してみると、</p>

<p>ひとつは四季の風情をなくしたコンビニ文化が蔓延し、商品を消費するだけで簡単に生活が成立していってしまう日本で、生活全般における四季のしつらえを発祥の源とする和風の家がそもそも成立するのかという疑問。</p>

<p>もう一点は、和風のイメージを形成している格式や権威は、これから将来に渡って意味を持ち得るのか、</p>

<p>ということでした。</p>

<p>大きく変化してきた日本の社会構造や人々の価値観あるいはライフスタイルが、今までの和風を意味のないものにしているのです。これらはいずれも建築そのものの問題ではなく、現代社会システムの問題、あるいは住み手の精神の問題と言うことができます。世の中のシステムを昔に戻して、昔の和風を再現するか、今のシステムを受け入れて、新しい和風を目指すか。我々日本人は重大な岐路に立たされている状況のようです。</p>

<div align="center" class="text1">＊ </div>

<p>3）自然素材と技能労働</p>

<p>ここにもう一つの大きな幻想があります。これは建物自身に関わる問題です。それは和風素材、つまり木と土という伝統素材とその料理法に対する思いが生み出すものです。木と土という自然素材を、技能者の知恵と創造力、そして大きな労働エネルギーを投入して作りこんでゆくような伝統型生産様式が日本にはほとんどなくなってしまったのです。さらにまた、都市の運営維持に不可欠なさまざまなルールや法的規制も、伝統型の和風建築を拒絶する姿勢を取っています。このような現状に全て対抗措置を講じながら昔のやり方にこだわるべきなのでしょうか。或いはまた、上辺だけの和風を模倣することでまあ良しとするべきなのでしょうか。このあたりのジレンマがまた和風の幻想を作っているのです。</p>

<div align="center"><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/wanoie_03.jpg" width="420" height="240" border="1"></div>

<p>このように多くのな幻想に囲まれていては、和風のあるべく姿など簡単には把握できません。幻想に幻想をを重ね、フワフワと意味もたずに浮遊しているのが現代和風のおかれた現状なのです。毎朝新聞の折り込み広告にあるマンションや建売り住宅の間取りをみると、必ずひとつ和室がくっついています。あの部屋はいったいどのように使われているのでしょう。生活のイメージが全く見えてこないのです。ただ日本人の家にはとりあえず和室がひとつはなければならないと皆が思いこんでいるのです。</p>

<p>この「とりあえず和室」は和風の非常に表面的で安っぽい切り売りであり、今だにそれが何の疑問も持たれずに世の中に蔓延しているのは、日本人がこの和風の幻想にすっかり惑わされ、もう考えること自体を放棄してしまっているからなのです。だからこそ日本人は本質的な住まい観の構築が今だにできず、マーケット戦略によって生み出される大量生産型商品住宅を選ぶことしかできないでいるのです。家までコンビニショッピング的に消費されるようになれば、そこで生活する人たちにとって和風の本質はさらに風化してゆくに違いないのです。</p>

<div align="right"><i>（<a href="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_5.html">次回へ続く</a>・月刊ニューハウス  6月号掲載）</i></div>]]></description>
<link>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_4.html</link>
<guid>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_4.html</guid>
<category>03コラム</category>
<pubDate>Tue, 22 Nov 2005 13:56:34 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>2: 都市型環境共生住宅の実戦</title>
<description><![CDATA[<p><font color="#660000">▲ はじめに</font></p>

<p>環境共生住宅という言葉もだいぶ認知されてきた。しかし、今だ本物の自然のきびしさや煩わしさを知らず、観念的なあこがれにとどまっている人も多いし、悪化した都市環境の改善がなされなければ、都市型エコロジーライフなど成立しないというイメージをもっている人はさらに多いに違いない。しかし一方で、都市の住人、あるいは都市そのものこそが豊かな環境への改善を期待しているはずで、それを少しでも進める為には、都市の中で環境共生的な熱環境が快適に実現することが示されていなければならない。</p>

<p>現在行われている環境共生住宅プロジェクトの多くは、住居部分を集合化し、その分余白を多く残し、共有の外部環境を残したり再構築する手法がとられている。しかし、このやり方で都市の宅地の全てを再構成することができるわけではない。</p>

<p>多くの戸建住人は、もっとずっとフレキシブルで自由かつスピーディな立場にあることに注目しなければならない。彼らの変化のほこ先が、閉鎖型の省エネルギー住宅に向くか、開放型環境パッシブ住宅に向くかは、都市環境の今後ゆくえに大きく影響するし、それよりも居住者の本質的な人間性の進化の方向にまで変化を与える可能性がある。</p>

<p>本稿のねらいはまず、都市環境の悪いイメ—ジを払拭して、都市型密集地の戸建 住宅でも外部環境をパッシブに利用することができ、その結果得られる室内熱環は、むしろ郊外型の環境共生住宅にまさる場合が多いという事実を知って頂く事である。 さらに、そのような密集環境をパッシブに利用するのに必要な基本的視点を紹介してみようと思う。 </p>

<p><font color="#660000">▲都市型環境共生住宅という考え方</font></p>

<p>環境共生住宅は、外部環境に対してパッシブである。機械設備で室内を一定環境に保ち、発生したエントロピーを外部に捨てるという今までのやり方ではなく、外部環境のきびしい部分をやわらげて導入するしくみが工夫されている。したがって、当然内部は外部に大きく依存しているわけである。</p>

<p>そうなると、環境共生住宅は郊外の自然にあふれた場所にしか造れないと感じる人がでてきても不思議ではない。我々は、どうも都市環境を悪いイメージで、そして郊外の自然環境を羨望の目で見すぎる傾向にあるようだ。</p>

<p>しかし、空気の清浄度という点を除けば、住居内熱環境のパッシブな構築は都市のほうがやりやすいのである。それはなぜか？</p>

<p>冬の厳しい寒さは都市気候で緩和されているし、夏の直射日光も周囲の人工物が遮へいしてくれているケースが多いからである。つまり、密集すること自体は自然の厳しい部分の緩和に役立っており、その結果住居内熱環境にはプラスに働いているのである。</p>

<p>このことは、戸建密集地の住宅が、隣棟間に残されたわずかなスペースをうまく利用し共有しながら、開放的な熱環境制御を行える可能性を示唆している。このように、密集した都市の住宅環境をパッシブに活用するためには、従来の自然対応のパッシブ設計手法に加えて、新たなる視点と工夫を加える必要がある。</p>

<div align="center"><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/p_01.gif" width="200" height="300">

<div align="center" color="#666666">都市密集地の景。高層の建物が南側をふさでいたり、低層の建物の屋根面からの西日反射を受けるような敷地。周辺人工物が全て熱源であるという視点をもって利用できる環境と防御する環境のバランスをとる。＜善福寺の家 98，5＞ </div>

<p><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/p_02.gif" width="300" height="200" name="IMAGE" alt="IMAGE"></p>

<div align="center" color="#666666">周辺がオープンな郊外型の場合日射や風雨は全面から受ける。夏の日射熱の進入量も多くなり、採風の方向も絞れないから、通風効果は一定しない。夏、冬の室内環境は全体的に密集地のそれより安定しない面がある。＜富士塚の家  98,8＞</div>

<p><br />
<font color="#660000">▲都市型パッシブ設計のポイント</font></p>

<p><font color="#660000"><i>１）周辺人工物を熱源とみる</i></font></p>

<p>従来の環境共生型パッシブ手法は、太陽の直接光や風、そして周囲の地形や樹木の利用に重点をおいていた。外部環境利用にとって、樹木の持つ清涼感や清浄機能は魅力的である。建物の開口部を落葉植物で覆って夏の遮光をしたり、建物そのものを緑化して遮熱を図ったりする事例はますます増えてくるだろう。</p>

<p>しかし、都市の密集環境においては、遮熱は周辺人工物が効率的に行っていることが多く、南、西面に立ちはだかる大きな建物は夏の室内環境にとっては相当有利に働いている。また反面、北側の大きな熱容量をもつ建物が、たっぷり日中の太陽熱を吸収すれば、夕方以降も輻射熱の影響を受けることもある。</p>

<p>このように密集環境における周辺人工物は、しばしば意図的に施された緑化等よりも大きな遮熱効果を生みだす反面、太陽以外のものを対象とした遮熱・遮光を考慮しなければならない煩わしさを生みだす場合もある。</p>

<p>周辺人工物の中で特に利用すべきものは、斜面地や山の手地区に多い崖や擁壁等の地盤接地型の構造物である。このような構造物に隣接する土地は、そこの地盤と一体となったその構造物の安定した輻射熱が利用できる。</p>

<p>敷地に隣接する擁壁等はできるだけ日射から保護し、緑化するなどして熱吸収や放射過冷却を避けるようにすれば安定熱源として利用することができる。 </p>

<div align="center" color="#666666"><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/p_03.gif" width="200" height="300" name="IMAGE" alt="IMAGE"></div>

<p><font color="#666666">都市の密集地において、このような擁壁わきや崖地の下に建つような家は、擁壁との間の安定した輻射環境を利用することができる。</font></p>

<p><br />
<i><font color="#660000">2）隣棟空間の熱的利用と採風利用</font></i></p>

<p>大きな熱容量を持つ周辺構造物と建物の間の空間は、輻射環境としても空気熱環境としても、温度の変動幅が少なく安定している。</p>

<p>また路地状の空間になっている為、風の道として利用することができる。不安定に拡散しない一方向に流れる風をとりこめば、大変効率が良い訳である。このように、密集環境の利点をうまく使うことを考えると都市の新しい環境ポテンシャルが見えてくるのである。 </p>

<div align="center"><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/p_04.gif" width="200" height="300" alt="IMAGE" name="IMAGE"></div>

<p><font color="#666666">遮光・遮熱された路地空間が南北方向にとれれば、そこは夏の風の通り道となり、このような採風窓や地窓から効果的に涼風を取り込むことができる。都市の密集地には、このような場所を多く見つけることができる。</font></p>

<p><br />
<font color="#660000"><i>3) 排熱窓と垂直風洞</i></font></p>

<p>周辺人工物を熱源と見て、ゆがめられた自然環境をポジティブに利用することの可能性が大きいことは既に述べた。これに加えてもう一つの可能性は天空にある。ここでも郊外の澄み渡った空と都会の汚れた空というようなイメージの対比はあるが、夏の冷却大気の導入口、そして日中の排熱と重力換気通風効果を高めることが、夏の環境パッシブにとって大変重要なことである。</p>

<p>天空への放射冷却効果は、郊外に比べ都会のほうが明らかに劣ったものになろうが、建物の高さを利用した垂直風洞（吹抜）と、排熱窓の組合せで、かなり夏の暑さを緩和することができる。都市型住居はその密集性から高層化する傾向があるが、高層であればあるほど垂直風洞は換気通風装置としての能力が増してくる。従来のように各階で建物を分断せずに垂直な空気の動線を組み込んでやることが大切なのである。</p>

<p><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/p_05.gif" width="300" height="200" name="IMAGE" alt="IMAGE"></p>

<p><font color="#666666">夏の室内環境にとって、建物のもつ通風性能は大変重要である。建物内部にできるだけ高い垂直風洞と排熱窓があると、パッシブに通風を生みだす環境装置となるし、夜間冷却の促進にも役立つのである。</p>

<p><br />
<i><font color="#660000">4)高機能開口部</font></i></p>

<p>日本型パッシブ設計では、西側の開口部は扱いが難しいとされる。実際、高断熱高気密住宅で不用意に西面に大きな開口部をとると、横なぐりの日射進入で室内は相当暑くなる。そこで西面の開口部をできるだけ小さくしたり、外部格子や外部ブラインドを設置したり、植物を利用した遮光が試みられている。</p>

<p>しかし、郊外の広い敷地の一軒屋ならともかくとして、都市の密集地では西面だけに採光を頼らざるをえないような場所も多いのである。夏の遮光に外部ルーバーや植物を利用しても、実はメンテナンスが大変で、２階窓の外部ルーバーの調整やクリーニング、あるいは、伸びほうだいに伸びてくる植物の剪定作業や給水など、めんどうな作業がでてくる。</p>

<p>このような作業は生活の上で楽しみだと考えられる人ばかりではないのが現状であるから、もっと気楽に室内側で簡単に制御できる高性能な開口部が工夫されねばならない。既存の部品を使いながらも採風、遮熱、遮光が段階的に簡単にコントロールできるような開口部を工夫することは、都市型環境共生住宅に特に求められていることである。 </p>

<div align="center"><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/p_06.gif" width="200" height="287" alt="IMAGE" name="IMAGE"></div>

<p><font color="#666666">西面に積極的にとられた採風、遮熱窓。既製品サッシを使いながらも建築的に高機能化し、西側開口部の夏の問題の改善を計っている。＜篠原の家 98,12＞ </font></p>

<p><br />
<font color="#660000"><i>５）地盤熱容量の取り込み</i></font></p>

<p>地盤の安定した温度と熱容量を室内側に取り入れると、室内の気温変動幅が小さくなる。この性質は建物内部の熱容量が大きいほど顕著となるが、従来型の木造住宅は、ほとんど熱容量をもっていない。したがって外気温の変動に大きく依存した熱環境になるのである。</p>

<p>大きな熱容量をもった建物は、その温度変動の中央値として基本体温のようなものをもっている。この基本体温が室内の輻射熱環境を支配している。夏も冬も周囲の日射遮へい環境によってこの基本体温に差がでる。気温変化の１℃〜２℃はたいしたことないが、建物の基本体温は、小さな変動の中央値だけにその１℃は大変重要である。したがって、夏は夜間の冷却で熱のリリースを心がけ、基本体温の上昇をくい止めなければならないし、冬はダイレクトゲインを最大限に取り込み、日が陰ったらできる限り熱を外に逃がさない工夫をして、基本体温の低下を防ぐことが大切となる。</p>

<p>このように建物に住んでいる人は普段の生活で室内気温が「あと１℃高ければ」「あと１℃低ければ」と感じるケースが多い。だからこそこの１℃に大きく影響する周囲のわずかな微気候をとらえることに大きな意味があるのである。</p>

<div align="center"><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/p_07.gif" width="200" height="300" alt="IMAGE" name="IMAGE"></div>

<p><font color="#666666">地盤の熱容量を室内側に取り込んだ接地型住居の内部。床はセッキ質のタイルの土間空間となっている。冬は深夜電力を利用し蓄熱し、不足分の熱を補うこともできる。 </font></p>

<p><font color="#660000">▲おわりに</font></p>

<p>いつの時代からか建築の内部環境を設備にまかせるようになってから、建築の内部が外部と切り離され、建物のデザインがフリーになった。これは、ある場所の建物が世界中どこにおかれても成立するということである。こんな中で建築家はデザインのよりどころを形態や表層の形あそびにおいているように見える。</p>

<p>このような状況の中、せっかくの欧米のパッシブ設計技術が、日本においては太陽熱の給湯利用やＯＭソーラー住宅といったアクティブ利用に偏重してしまったのは、日本の住宅の性能があまりにもおそまつで、パッシブ設計による効果を実現することができなかったからである。</p>

<p>しかし近年、極寒冷地に採用されていた建物躯体の高性能化の技術が広まってくるにつれ、安定した室内熱環境がパッシブ設計によってかなり効果的に実現できるようになってきた。</p>

<p>昔からの日本家屋の設計原論的視点に加えて、近年導入された様々な環境共生技術との融合を計って、美しい四季を持つ日本の自然環境を十分に享受することのできる日本型環境共生住宅のプロトタイプを生みだすことができるに違いない。これこそ伝統の進化というものに他ならず、新しい時代の本物の和風の姿につながるものだと思う。</p>

<div align="right"><i><font color="#333333">（月刊環境共生住宅掲載） </font></i></div>

<div align="center"><a href="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_4.html">次のコラムへ</a></div>
]]></description>
<link>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_3.html</link>
<guid>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_3.html</guid>
<category>03コラム</category>
<pubDate>Tue, 22 Nov 2005 13:54:07 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>1: 森と洞窟のコラージュ</title>
<description><![CDATA[<p><font color="#660000">本物の和風建築は風土素材を料理している。</font ></p>

<p>「和風建築」と聞いて、あなたは何を連想するでしょう。畳、床の間、漆喰。障子、さらには襖や格子戸といったところでしょうか。どんな家でも、とりあえず床に畳を敷いて、窓に障子をつければ「和風」 に見えてしまいます。大黒柱や太い化粧梁が加われば、誰もが「すばらしい和風建築ですね」と称賛するに違いありません。でも、杉坂建築事務所では、畳や障子、大黒柱といった和風を象徴する「シール」の切り貼りだけで、その建築を「和風」と呼ぶことに強い疑問を感じています。  </p>

<p>本物の「和風建築」とは、その土地や街の風土をいかし、環境に適した自然素材を用い、知恵と技を 駆使して料理されたもの。快適さや住み易さを追求する長年の蓄 積の中から生まれた「かたち」です。家づくりに熟練したさまざまな分野の職人たちは、それぞれの家に最適な「かたち」を選び出し、力を合わせ、精魂こめて一軒一軒の家を作り上げてきたのです。</p>

<p>近年、日本は大量工業生産と効率を信奉し、和風建築を育てた「知恵や技」を軽視してきました。その結果、家を作る素材はメニュー化され、カタログとなって提示されるシステムが構築されまし た。家を作るには、カタログを開き「シール」を組み合わせてアセンブルするだけ。</p>

<p>杉坂建築事務所は本来の和風建築がもつ良さを失ってはならないという理想のもと、創業以来一貫して「伝統工法による注文建築」にこだわり続けてきました。大量生産システムによる「喪失」 を最小限に抑えつつ、本物の和風建築を提供するノウハウを蓄積してきたのです。</p>

<p><br />
<font color="#660000">いい家は、住む人の精神と肉体を健康にする。</font></p>

<p>最近「環境共生住宅」という言葉が注目されています。家が建つ土地の環境に適応し、省エネルギー性に優れ、エコロジカルに暮らせる家。お気づきでしょうか。環境共生住宅の特長は、そのま ま和風建築の特長でもあります。杉坂建築事務所が考える「いい家」とは、伝統的な和風建築の長所を採り入れながら、最新の「環境共生」技術をいかした快適な家のことなのです。</p>

<p>人は本来、自然と交わることで健全な精神や暮らしを保ってきました。人が住む家には自然と交わる仕掛けが必要です。ただ、自然のままでは住居として快適さを保てません。そこで、家を周囲 の自然から切り離すのではなく、柔らかく制御して採り込むことが大切になるのです。こうした考え方は、環境共生住宅の理想であり、伝統的な和風建築にとっては「当然」のことでした。</p>

<p>今、こんなにも「環境共生住宅」が注目されているのは、混沌とした時代の中で、住まいが「人の矯正装置」としての重大な役割を与えられたことを意味しています。太陽の温かさ、風の爽やかさ、心地よい自然のリズムと揺らぎ。住まいは、自然を採り込み快適で健全な暮らしを実現するための、ミクロコスモスでありシェルターなのです。</p>

<p>「高気密」そして「高断熱」。環境共生住宅を語るとき、よく耳にする言葉です。高気密や高断熱の工夫は環境共生住宅の基本的で大切な「要素」ではありますが、その技術を再び「シール」にして は意味がありません。知恵と技の裏付けにより、最新の技術と和風建築の粋をいかした本物の環境共生住宅を提供したい。それが、杉坂建築事務所の理想です。</p>

<p><br />
<font color="#660000">都市型環境共生住宅は、森と洞窟のコラージュです。</font></p>

<p>まだ「家」がない時代、人の住居の原型は森や洞窟でした。人はなぜ、森や洞窟を住まいに選んだのでしょう。風雨をしのぎ、外敵から身を守るために適した場所だったということもあるでしょ う。そして、そればかりではなく、森や洞窟は、われわれに深い示唆を与えてくれます。洞窟に入ると、夏は涼しく冬は温かく、母なる大地の深さを感じることができます。森にいて感じるのは、 清涼感と自然の揺らぎ。梢を吹き抜けるそよ風に、心地よい安らぎを感じます。自然には安定と揺らぎが共存しているのです。閉塞した空間で、エアコンの情緒ない風に包まれた暮らしでは、揺ら ぎも安定も感じることはできません。</p>

<p>たとえば、ベースフロアに拡がる土間は、安定した地盤の温度を利用して冷暖房の効率を上げるための「洞窟」です。そして、あたかも「森」のように、住まいに風が吹き抜ける構造を与え、周 囲の微気候を快適な室内環境実現のために活用する。洞窟や森がもつ居心地のよさを住まいに組み入れる試みこそが、杉坂建築事務所の考える「環境共生住宅」のあり方です。</p>

<p>都市型環境共生住宅に住む資格があるとするなら、「健康」に生きたいと願う人ということになるでしょう。家族との関係さえも断つかのように、細かく閉ざされた空間での暮らしに、あなたは 満足しているのでしょうか。自然を感じ、揺らぎを感じ、積極的に自分を取り巻く「環境」と関係を結ぶことができる家。そして、ささやかながらも地球環境の保持に貢献できる省エネルギー性能 に優れた家。それが「環境共生住宅」です。杉坂建築事務所は、できるだけ多くの人に、ご家族に「健康」に暮らせる家づくりを実現して欲しいと願っています。 </p>

<div align="center"><a href="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_3.html">次のコラムへ</a></div>
]]></description>
<link>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_2.html</link>
<guid>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_2.html</guid>
<category>03コラム</category>
<pubDate>Tue, 22 Nov 2005 13:49:15 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>都市型環境共生住宅のすすめ</title>
<description><![CDATA[<p><font color="#660000">杉坂建築事務所の『都市型環境共生住宅』</font></p>

<p>環境共生住宅とは、周辺の自然環境の快適な部分を最大限に享受しながら、人間らしく健康的な暮らしのできる住まいのこと。その意味では、日本の伝統建築を継承する杉坂の家は、すでに「環境共生住宅」であったともいえます。だからこそ、進化する技術を大胆に取り入れながら、より高度な「環境共生」を実現するのが杉坂の務めであるとも考えています。住まいを包み込む環境はさまざまです。一軒一軒の家に最適な「共生」のあり方を探りつつ、日本建築の魅力をさらに進化させた「環境共生住宅」を作り上げる。それが、杉坂建築事務所の目指す本物の和風の姿です。</p>

<p><br />
<font color="#660000">都市型環境共生住宅のすすめ</font></p>

<p>高断熱・高気密技術が進歩したおかげでパッシブ設計の効果が飛躍的に向上しました。さらに一歩進んで環境共生建築を考えるとなると、その理想実現にはまだ多くのハードルがあります。すでにここまで悪化した都市環境をどのように利用するのか。建物にかかる法的規制をどのようにクリアするのか。建材部品のアセンブルで造られる建築の生産体制をどのように自然素材と技能労働の体制にシフトするのか。コストはどのように抑えるのかなど。このような多方面にわたる問題を解決するには、多くの時間を必要とします。まず最初は、多くの矛盾をうまくバランスしながら80点を目標にするという段階的進歩が必要なのです。我々はようやくその第一段階にたどりついたという意味を、都市型環境共生住宅の「都市型」という言葉にこめているのです。これは、崇高なるエコロジー建築の道を担保する唯一の道筋だと思います。</p>

<div align="center"><img src="http://www.sugisaka.co.jp/toshi/images/ochiai.gif" width="150" height="163"></div>
<div align="center">杉坂建築事務所　落合俊也</div>
]]></description>
<link>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_1.html</link>
<guid>http://www.sugisaka.co.jp/toshi/archives/2005/11/post_1.html</guid>
<category>03コラム</category>
<pubDate>Tue, 22 Nov 2005 12:22:12 +0900</pubDate>
</item>


</channel>
</rss>
